人妻官能小説 家庭内盗撮の妄想

官能小説

 

妄想が現実を侵し始める

― 輪姦写真をデジタルで ―



 高校の頃に、ある事情から下宿をしたことがあります。そこは普通の民家でしたが、2階に六畳間が数部屋あり、高校生に貸していました。食事は朝と夜の二食。昼は学食かパンでした。その一室に、私は約2年間住みました。

 大家さんは、還暦過ぎの老夫婦で、彼らには遊び人風の二十代の息子さんがひとりいました。彼の職業が何だったか、当時も今もわかりません。老夫婦の部屋と息子さんの部屋は、どちらも1階にありました。

 息子さんはギャンブル好きで、間違いなく十代の頃は不良だったはず。時々、下宿していた高校生達を、彼の部屋に呼んで花札でカモるという、血も涙もない青年でした。そう言えば、下宿を出る前に払うはずだった負け分は未払いのまま。ラッキー。(^v^)v

 私は高1の時に、彼の部屋で生まれて初めてSM雑誌というものを見せられました。「SMセレクト」というタイトルでした。ベッドの下から取り出されたそれを見た時、エロマンガすら読んだ経験がなかった少年には、衝撃の内容でしたね。




 それからひと月ほどして、風邪か仮病(笑)で学校を休んでいて、大家さん家族が全員外出した日があります。私は、あの雑誌が無性に見たくなり、息子さんの部屋に忍び込みました。和室で障子戸だったので、カギは掛かっていませんでした。

 ベッドの下を探ると、その手の雑誌が山ほど。SMセレクトだけでなく、SMスナイパー、SMマニアなんて雑誌も混じっていました。私はページをパラパラとめくって緊縛写真に興奮していたのですが、あるページに生写真がはさんであるのを見つけたのです。

 広めの洋間のような場所でした。男たち5〜6人が立ったり座ったりして、じっと見つめている輪の中で、半裸の女性が犯されていました。交わっている二人の足下の方向から撮ったモノクロの写真。ジョイント部分がはっきりと写っていました。

 構図の拙さやブレ具合、印画紙の感触などから、息子さんのプライベートなものだと感じました。女性の顔に見覚えはなし。写真は1枚だけで、キャビネ位のサイズでした。




 いま思えば、この時のファースト・インパクトが、私の現在の性癖を決めた(笑)と言っても過言ではないでしょう。私は言葉で表現できないくらい興奮し、股間が一瞬でカチンカチンになりました。

 何せ、その写真で見るまで、女性器の形すら、正確には知らなかったのですから。女は目を閉じて、口を半開きにしていました。あるいは、酒か薬かで意識がなかったのかも知れません。記憶の浄化作用かも知れませんが、髪の長い美人だったような。

 私は、すかさずそれをポケットに入れて、自分の部屋に持ち帰りました。肉体的な事情をそれで処理して冷静になると、途端にバレるのが怖くなりました。で、仕方なく誰も帰って来ないうちに返してしまいました。うーむ、惜しいことをした。(爆)

 その後も、その家の中に自分だけの時を狙って、息子さんの部屋に忍び込みました。持ち出して、使って、返しておくわけですね。当然、他にも同じような刺激的な写真はないかと探したのですが、残念ながら(笑)その一枚だけでした。

 


 当時は、インターネットもデジカメも、家庭用ビデオカメラもありません。ヘアが解禁されていなかったため、ヌードグラビアも現在からすれば、ごく大人しいものでした。

 いわゆる素人投稿雑誌の類はまだなくて、フランス書院文庫よりもずっと前。石井隆のエロマンガと、平凡パンチのヌードグラビア、あの下宿で出会ったSM雑誌、そして例の写真の鮮烈な記憶が、私の高2から大学にかけてのズリネタでした。

 技術の進歩とモラルの崩壊は、あるいは車の両輪のようなものかも知れません。相補的というか、相乗的というか、一方が他方に強い影響を与えつつ、共にレベルアップしてゆく。崩壊にレベルアップは変ですが、程度が増してゆくという意味です。

 具体的には、デジタル技術と、インターネットの進歩・普及が、それまでの印刷物とは違う形で、扇情的な画像・動画情報の大量供給を可能にしました。裏本やブルーフィルムとかでなくても、手軽に女性器を目にすることができるようになったのです。

 一方で、そうした扇情的な内容に興奮した人々が、技術の進歩が実現した道具を使って、自らエロい写真を撮る、ビデオを撮る、CGを作る、体験告白を書く。さらに、自らサイトを開いたり、掲示板への投稿という形で世間に公開し始めました。




 何をしても(バレなければ)いいという風潮が強まってきたのは、日本が急激に豊かになったことと無関係ではないでしょう。父親の権威が喪失してしまった事も、かなり影響しているに違いありません。この辺りは、よく言われることでもあります。

 技術的に可能で、費用面でも手頃、他にもしている人が沢山いるらしいとなると、つい実行に移してしまう人が増え続けるのは間違いないところ。昔は、すべて頭の中の妄想でしかなかった行為が、ほとんど可能になってしまった世の中。

 私自身、冒頭の記憶を辿るたびに、その落差に驚いてしまいます。印刷物という単方向メディアでは、ここまでの爆発的な普及現象は、起きようがありません。その意味では、インターネットの匿名性も大きな追い風だったと考えられます。

 技術の進歩は、性的なモラルを大きく変えてしまいました。ひと昔前までは、素人女性が不特定多数に対して、自分の裸を見せるなどという事は、考えられない世の中でした。それが今では・・・。嬉しい反面、空恐ろしい気がするのは私だけでしょうか?

 しかし、いくら昔を懐かしんでみても、世界経済が崩壊しない限り、この傾向に歯止めがかかることはないでしょう。何であれ、金になる物は作られ続けます。米国の兵器産業と同じく、常においしい市場と活躍の場があるのですから。

 極端な話、新技術・新製品は、まずエロ用途に使えないかが試され、使える製品は市場を活性化します。表立っては言われなくても、エロな用途をも想定した技術革新・商品開発は続けられてゆきます。デジカメもパソコンも、少なからずそういう面があります。




 包丁を料理に使うのも、殺人に使うのも、本人次第だとは言うけれど、手軽に願望充足ができてしまう環境なのは事実。気がつかないうちに妄想が現実を侵して、法の一線を越えてしまい、社会的信用を失うなんてことがないように、くれぐれもお気をつけあれ。





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