人妻官能小説 家庭内盗撮の妄想

官能小説

 

いやらしい事と、いやな事

― スカートめくりと男と女 ―



 むっつり助平という言葉があります。最近は、あまり使わないのかも知れませんが、辞書によれば「色事については寡黙であるのに、実際は好色な人」の意味です。はい、それは私です。(笑)

 女性にいやらしい男だと思われたくない気持ちが、私にはあります。どうしてそう感じるかを自問してみると、相手に嫌われると感じているからのようです。つまり、自分の中に「いやらしい男は女性に嫌われる」という思い込みがあるわけです。

 小学校の頃に、スカートめくりが流行ったことがありました。女子の後ろから近づいて、ぱっとめくって逃げるのが定番のやり方。成功すると、他の男子がめくられた子を囃し立てる、というようなエロい遊びでした。

 当時の私は、どうしてもスカートめくりができませんでした。クラスの他の男子は、みんな多かれ少なかれしているのに。他の遊びやサッカーは先頭に立ってしていたので、結局はスカートめくりをして、クラスの女子から軽蔑されるのが怖かったわけです。

 先生方も、注意はしていました。スカートをめくった男子は、罰当番があったようなおぼろげな記憶があります。しかし、3・4年生の2年間くらいは大流行で、ほとんど歯止めが効かない状態でした。

 中には、スカートめくりをすると同時に、もう一方の手でパンツを引き下ろすという猛者もいて、その女子の無毛の股間が、その場に居合わせた男子に見えてしまったことがありました。幸いな事に、私もその場にいました。さすがにこれは、後から父兄に呼び出しがかかったようでしたが。




 今の子は、体育用の短パンの上に制服を着ていることも多いようなので、めくられても安全かも。私たちの時は、プリーツの吊りスカートの下は、全員が白い木綿のパンツでした。小学生ですから色気なんてないですが、下着を垣間見ては、まだ剥けてないチンチンを硬くしていた覚えがあります。

 それはともかく、「いやらしい男は女性に嫌われる」とは言い切れないことに、私は成長とともに気づいてゆきました。変質者的に暗く陰湿なのは、気持ち悪がられるだろうけど、あっけらかんとしたスケベな言動は、むしろ喜んでもらえることも多いらしいことに。

 この事実は衝撃でした。小さい頃から、まじめで優しいのをウリにしてきた(笑)私の価値観を、根底からひっくり返すような現実でした。方法論が根本的に間違っていたのだろうか? しかし、元がそういうキャラじゃないと、スケベな事を言ってもウケずにヒンシュクを買うだけなんですね、これが。

 女子もHな妄想はするし、セックスすれば感じる。しかも、自分から求めることだってある。今どきの女の子からは、そんなの当たり前じゃん、と言われるでしょうが、頭では理解しても、心ではなかなか受け入れ難いことではありました。




 オンライン・エロ小説を書き始めて、自分が何に興奮するかが、かなりはっきりして来ました。「えろかきからの69の回答」の7.萌えるシチュエーションは?に答えているように、「大勢の男の目に晒される、淑女の恥部丸出しの姿」がその典型です。

 もちろん、拘束具や縄で無理やりというのも嫌いではないです。そのうちに、きっとそういう場面も書くでしょう。女性がやがて露出の快感に目覚めてゆく、という展開が好きですが、その時にも女性の羞恥心がまったく薄まらないことが、私にとっては重要です。

 何故、性器を見られると恥ずかしいのか? 改めて問い直すとよくわからない気もしますが、女性の場合は男の欲望を刺激して、その場で犯される恐怖に直結するからでしょうか? また、そういう噂が立つと、お嫁に行けなくなるから、なのかな?

 頭で考えて恥ずかしがるわけではないだろうから、ずっと小さい頃に、大抵は親から刷り込まれるのでしょうね。
「ここを見られると、はずかちいでちゅねー」(笑)とか何とか言われて、そういうものかと思い込む。これは男も一緒ですけどね。

 もっとも、男の場合は、思春期辺りからは、別の意味で恥ずかしいという要素も混ざってきます。皮が・・・とか、チ○ポのサイズが・・・とか。あ、これは女性も同じか。胸のサイズが・・・とか、乳首の色が・・・とか、陰毛の濃さが・・・とか。

 この「他人と違っているから恥ずかしい」という感覚の奥に、女性は自分を守るために「女らしくありなさい。いつも恥じらいを持ちなさい」という教条プログラムが機能しているのでしょう。そして、これが弱い女性は、社会的に損をすることが多いのも事実だと感じます。

 因みに男は女に比べて、この種の羞恥感覚は、ほとんどないですね。着替え中にナニをちらりと見られようと、職場の飲み会でぞうさん(爆)をしようと、よほどハメを外さなければ笑い話で済むし、性的に強い事、セックスが上手い事は自慢の種ですらあります。

 心理学の専門家ではないので、見当外れかも知れませんが、羞恥心は周囲(あるいは世間)に対して感じるもの。つまり、本能でもなければ原罪に根ざしたものでもない。後天的に条件づけられた反応であるに過ぎない。

 こう考えると、私が幼少のみぎりに教え込まれた「女の子にいやらしい事をすると、嫌われる」というのは、間違ってはいないけど、絶対でもないということですね。スカートめくりがそうだとは言いきれないし、かなり強引な論理展開だという自覚はありますが。(笑)

 「いやらしい事」が「いやな事」だとは限らない。この明快な真理にもう少し早く気づいてさえいれば、私、道化師の青春も少しは明るいものだったんじゃないかと思います。え? きっと変わらないよって? 夢を見る権利は、誰にだってあるんですよーだ。(^^;;





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