人妻官能小説 家庭内盗撮の妄想

官能小説

 

ネットの天女に恋しても

― 仮面舞踏会の舞台裏 ―



 ネットって、本当に儚い世界だという気がして来ました。私は「道化師」と名乗っていますが、もちろん本名ではありませんし、本職(笑)でもないです。私はそういう顔(HN=ハンドル・ネーム)をいくつか持っていて、「道化師」はその中の一つに過ぎません。

 また、訪問先のサイトのオーナーと心が通い合ったと感じたり、自分のサイトの掲示板の書き込みに「全くその通りだ」と思っても、それは一期の夢に過ぎないのかも知れません。全てはバーチャルな世界の出来事なのだから・・・。

 


 こんな弱気なことを考えるのは、割に親しくしていた(と、少なくとも私は思っていた)知り合いのサイトが、予告なく閉鎖されたためです。更新が1ヶ月近くされておらず、もしやと思っていたのですが、ある日リンクをクリックしてみると、痕跡もありませんでした。

 トップページに「閉鎖しました。皆様、ありがとうございました」と書いてあるでなく、そもそもindex.html自体が消えてました。アカウントは生きているようですが、その他のファイルもフォルダも掲示板も、全て綺麗になくなっていました。

 例えるなら、恋人のアパートを訪れてドアを開けたら、家具もカーテンも消えていて、置き手紙ひとつ残されていない。崩れるように跪いた男の頬に、晩夏の午後の西日が・・・という感じでした。(おいおい、マンガの『冬物語』か?(^^;; )

 私は、現在のサーバにスペースを借りる前に、アダルトOKの無料サーバを3ヶ月ほど使っていました。そこで障害が起きた時、ユーザー掲示板にした私の書き込みを見て、その女性が訪問して下さっのが、最初のきっかけです。意気投合し、やがて相互リンクをトップページ同士で張るようになりました。

 サイトテーマはSM。更新は主に女性の役目だったようです。プレイ写真の他にも、日記やコラムのコーナーがありました。女性(M)が男性(S)を好きで好きでたまらない、それがコンテンツの端々から伝わって来て、とても微笑ましく(そして、同時にうらやましく)感じていました。

 相手の掲示板に書き込みをして、逆に書き込んでもらい、時にメールを出し、受け取る。言葉によるエロ表現も好きだとのことで、話も弾みました。歳に似合わず、折り目正しく理知的な女性である一方、歳相応に無邪気で可愛いという印象でした。

 お相手の男性は、掲示板やメールでもほとんどお話したことがなく、謎めいた存在。ただ言葉には、M女性に対する心遣いが感じ取れました。もちろん、Sですから厳しい命令もなさるのですが、女性はそれを望み、受け入れることで愛を表現していたのでしょう。

 愛とは、裸のこころで触れ合っていたいと願うこと ―― 裸の体で縺れ合うのは、こころが一つになりたいから。でも、One hand, One heartと願っても、それは見果てぬ夢。なれたという錯覚が欲しくて、セックスを求めるという側面もあるような。

 SMは、剥き出しの愛の形。至高のオープンマインド。悦びが大きい代わりに、受ける傷も深い。恋人でありながら、ご主人様と奴隷という関係。剃毛、肛交、野外露出。そして、命令に従い、相手の目の前で他の男の精液を口で受け止めるM女性。

 長く安定して燃え続けるには、その姿はあまりにもきらびやかな炎であるかに見えました。

 件のお二人が、そうして燃え尽きたのかどうかは、わかりません。その原因を確かめる術は、最早ないので。ただ、こんなプレイまでして大丈夫なのかという危うさと、自分の気持ちに素直であろうとする潔さが、とても印象的なカップルでした。

 


 私は、この女性についてHNとメアド以外、ほとんど何も知りません。写真をダウンロードしていなかったので、胸の形や顔の輪郭もうろ覚え。目は、モザイクで隠されていたし。もらったメールは手元に残りましたが、相手の掲示板に書き込んだ内容は消えました。

 恋とは違ったと思います。そこまで、相手の事を知ってはいなかった。正直、あわよくば・・・という気持ちがゼロではなかったけど、あり得ない事だとも、よくわかっていました。

 トウシロの男(「ご主人様」経験なし)が、マスターを持つM女性に惹かれても切ないだけ。でも、これって小説のネタになりますね。転んでも、ただでは起きないぞ。(笑)

 友達・理解者というのが、最も近かったですね。私に限らずオンライン作家は、常に読み手の感想に飢えているものだと思います。正確には「感想」ではなく、「共感」「称賛」なのでしょうけど。

 彼女は私に、誉め言葉と確かな理解をくれました。他方、ご主人様への想いを、誰かに聞いて欲しいという気持ちもあったはずです。私の方も、少しはその望みに応えれたかなと思います。

 儚いと感じるのは、一旦撤収されてしまうと、連絡を取る術が全くなくなるから。現実世界の同じようなケースは、どこかの街角で偶然に出会うこともあるでしょう。でも、このケースでは顔も知らないので、すれ違ったとしても、その人だとわからないのです。




 この事があって、私はネット上での人間関係のイメージが変りました。それまでは、何となくリアルと同じような場で、同じような態度で接しているつもりでした。でも、匿名だという事は、考えていた以上に大きな違いなんだと思うようになりました。

 いわば、リアルの自分とヘソの緒で結ばれた幻が、ネットの空を泳いでいるような感覚。その幻は、どんな形にもなれるし、年齢・性別すら変えられる。変えないまでも、公開しないという自由がある。その状態で、他の幻とコミュニケートできるわけです。

 しかし一方で、感情は幻にはなく、リアルの自分にだけあります。ネットで受けた感動や衝撃を受け止めるのは、現実世界の自分です。私は、下界から天上を見上げて、そこに舞う天女に憧れた、というところでしょうか。カッコつけすぎだぁ!(笑)

 そして、それは私が作った「道化師」という幻についても同じことが言えます。互いに別々の高い囲いの中の地面から凧上げしているようなもので、地上にいる自分の目で相手の凧を見ながら、共感したり反発したり心配したりしている。

 ネットでは仮面をつけることができます。でも、リアルの自分とまったく接点のない存在にはなれない。と言うか、なってみても薄っぺらすぎるし、演じるのに疲れます。ネカマ(ネット上で女性を演じる男性)がバレやすいのも、その辺りが理由でしょう。

 私も厚いドーランを塗って、ピエロのメイクでサイトというステージに立ちます。しかし、文章は人を写す鏡。だからこそ、文字だけでのコミュニケーションでも、相手を好きになれる。もちろん、嫌いにもなれますけどね。

 ただ、うかつに感情移入しすぎたり、惹かれすぎると、別れが辛いのは確か。自分が見ているいるのは、幻であり、投影に過ぎないんだと戒めていないと、喪失感に傷つくのは、あくまでもリアルな自分なのですから。




 後日談:実はこのコラムを書いてから、1週間後くらいにこの女性からメールをいただきました。突然消えてごめんなさいと書いてあり、その後も引き続き忙しいのでという内容でした。彼女が無事だったことに、心から安心しました。





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