人妻官能小説 家庭内盗撮の妄想

官能小説

 

『夫婦の寝室』のこれから

― 「夫婦の恋愛小説」というコンセプト ―



 エロ小説を書いている人たちって「けだもの!(爆)」のような男ばかりなんだろうなぁ。この世界にゲソをつけるまで、私はそう思い込んでいました。しかし、そもそも「男ばかり」という認識が間違いで、女性のすばらしい書き手も数多くいらっしゃいます。

 私の知り合いのアマチュア・オンライン作家の方々が、とりわけそうなのでしょうが、年齢制限のない小説の書き手と遜色ないほど、表現そのものにまじめに取り組んでいる方を何人か知っています。その姿勢は、私自身も見習わせてもらっています。

 こんな事を書くと、「たかがエロ小説書きふぜいが、偉そうに」と思われるかも知れません。しかし、18禁描写という、いわば伝家の宝刀に頼らず、「人間を描きたい。物語を描きたい」と志し、真摯に努力されている作家の方は、確かにいらっしゃるのです。

 もちろん、このサイトでも共有している「小説談話室」の会話のように、近親相姦や陵辱は言うに及ばず、屍姦や寝取られまで、タブーの地平を切り開くような思考も活発にしているのですが。

 


 Web上で見かけるエロな読み物の1ジャンルとして、体験告白という分野があります。実際にあった出来事を当人が綴るという形式で、小説のように凝った表現がない代わりに、内容がツボに嵌まると、その生々しさ、リアリティから、大きな興奮が得られます。

 このサイトを始めた動機のひとつに「現実とボーダレスな妄想、妄想とボーダレスな現実を演出したサイトを作ってみたい」がありました。プログラム的な仕掛けではなく、文章そのものによって、読者に実際あった事のように錯覚してもらいたい。それが一つの狙いでした。

 そこで採用したのが、一人称という形式でした。加えて、拙作『夫婦の寝室』の「私」には名前がなく、他の登場人物も彼のことを名前では呼びません。これは大好きな作家のひとりである北村薫が、「円紫さんと私」シリーズと呼ばれる作品群で用いた手法です。

 『夫婦の寝室』の場合、主人公に特定の名前を与えないことで、読み手が物語に自己投影しやすくなる効果が狙いです。この手記は、あなたの身に起きた事に似ていませんか? あなたの美しい奥様にも、夫に言えない秘密があって不思議じゃないでしょう?

 一定の成果は手応えとして感じます。しかし、名前がないというのはそれなりに大変で、会話の中に名前を出したほうが自然な流れでも、それを回避して地の文で補う書き方をしなくてはなりません。わざと自分で制限を設けて、それをクリアする快感はありますが。

 最初はリアルさが最優先でした。しかし、途中から物語を通じて描きたい主題が見えて来ました。ネタバレになるのではっきりとは言えませんが、極言すれば「本当に異性を愛するとは、どういう事なのだろう」という問いに対する、一つの答えを描きたいのです。

 設定したテーマが明確に描かれ、エロシーンは濃厚で興奮を誘い、キャラクターがそれぞれ魅力的で、ストーリーも意外性に満ちていて十分に楽しめる。欲張りなのは自覚していますが、私はこのサイトで、そうした作品を書いてゆきたいと切実に願っています。




 しかし、今まで書き上げた部分だけだと、普通の人妻モノのエロ小説に過ぎません。どれだけ明確なビジョンなり、入り組んだプロットが頭の中にあっても、文章にできなければ無意味です。また、作品として表現した内容だけが、評価対象となるのもわかっています。

 ジャンルの好みや先入観で決めつけられるのが、一番辛いです。
「人妻モノのドロドロした感じが、生理的に嫌いなんだよねー」
「生々しくて重たい展開は、それだけで読む気がなくなる」
 万人ウケを狙っているわけではないけど、正直悔しいですね。

 好みのシチュエーションじゃなくても「面白い」「登場人物に共感した」、そう言ってもらえる小説が書きたいです。好きなジャンルじゃなくても、「読んでみたら、物語に引き込まれた」と感じてもらえるものが書きたいです。そして、すべては作品で語るしかありません。

 このサイトを始めて意外に思ったのは、女性読者が割にいらっしゃるということです。私の中で女性は「聖なるもの」なので、自分たちが辱められる物語など見向きもされないはず。男性だけが読むものだと思っていたら、そうでもないんですね。

 もちろん、男性に性欲があるように、女性にだってあるでしょう。そうでないと、セックスは常に強姦になってしまいます。両者は、何に対して感じるかが違うだけ。齢を重ねて、それがわかって来ても、やはり女性は憧れの対象という側面を保っています。

 作中の「私」もそうですが、異性に対してそういう純な想いを持ち続けられるのは、本当に幸せなことだと感じています。




 さて、「夫婦の寝室」の今後ですが、当初は物語がどこに転がってゆくか、作者にもわかりませんでした。それが、BBSやメールでの対話を発想のテコにして、ひとつの方向性が見えて来ました。それは「夫婦の恋愛小説」とでも言うべきものです。

 夫婦間で恋愛が成り立ちにくいのは、そこに「生活」が介在し、その「安定」を志向するため。そして、当人以外の「家族」がいて、長の年月が「刺激」を奪ってゆくからでしょう。

 誰とつき合うかも含めて、選択の自由が存分にあって、駆け引きや波乱万丈さを楽しめて、二人だけの世界に浸り切れる。そんな恋愛とは、対極にあるものかも知れません。

 この辺りを詳しく書きすぎると、読者の興味を損なってしまいそうなので自粛しますが、好きで一緒になった者同士、やはり互いに愛情を持ち続けていたいですよね。できれば、死が二人を分かつまで。例え新婚当時のような、情熱的な形でなくなったとしても。

 性は男女間の愛を語る上で、決して避けて通れない要素です。無論、どちらかが病気だったり、不能だという理由から、性的な関係を持たない夫婦や恋人もいらっしゃいます。私は、その方たちの愛が、不完全なものだとか言っているわけではありません。

 ただ、多くの場合、異性への愛情は、精神に惹かれるとともに、肉体を愛でるということでもあります。心に向かう愛だけが高貴で、体を求める行為は卑しいなどという事はなく、その人がまさにその人であるから、すべてを愛したいと願うものです。

 恋愛小説というジャンルは、この肉体への愛の部分をまったく語らないか、制限つきで美しく表現します。この形を否定しているわけでもありません。私自身、良質の恋愛小説は大好きですし、「冬のソナタ」はブーム前の最初のBS放送で観て泣きました。(^^;;

 「夫婦の恋愛小説」という言葉は、二つの意味に解釈できる気がします。私が書きたいのは、「夫婦が恋人のような恋愛をする」という小説ではなく、「生活の中で、相手の心と体を愛し続けようともがく」、その姿を描く小説です。

 性の嗜好は人それぞれ。結婚前にわかっていればミスマッチを防げるかも知れませんが、相手に気に入られたいと願う恋人たちが、自分で恥ずかしいと感じている性癖を、正直に明かすとは考えにくいです。そこから生まれる悲劇、時には悲喜劇 ――。

 まだまだ文章力・展開力の修行が必要なのは、よくわかっています。構想を具現化できるテクニックが、私にはまだまだ足りません。しかし、追究したいテーマが明確になった以上、今後もモチベーションは保てると思います。例え、かなりゆっくりとではあっても。




 小説サイトへのアクセス数、特にリピーター数は、万能の尺度ではないものの、作品の人気を測る基準のひとつです。お蔭様で当サイトでは、かなりの数の方々に、繰り返しご訪問いただいています。中には、毎日という方もいらっしゃって、嬉しい限りです。

 ある方々にとっては、エロ小説は「ヌくための道具」であり、登場人物の細かい心理描写やストーリー展開は、むしろ邪魔かも知れません。このサイトの小説は、必ずしもその用途には特化していない筈です。私の書きたいものは、テーマを持ったエロですから。

 作中の登場人物に、ご自分や愛する相手を重ね合わせ、「もしも、自分の身にこんな事が起きたら」という世界にのめり込んで、ドキドキしていただきたいのです。そして、時には立ち止まって、人を愛することとは何かを考えてみていただければ幸いです。




 構想や希望を口にするのは簡単です。本当にすべてはこれからです。リアルが多忙で、お待たせすることも多いとは思いますが、物語自体の面白さ、エロさに、いっそう磨きをかける所存ですので、今後とも変わらぬご愛顧のほど、よろしくお願い申し上げます。





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