官能小説 家庭内盗撮の妄想

官能小説

 

風を待つ渚(3)

― 半熟少女の一途な想い ―



「ママはダメ。ママはパパの奥さんだから、代わりに私を・・・」
 家庭教師の胸に頬を埋め、望美は必死な様子で呟く。その声は、真剣な響きに満ちている。由布子との情事を見られてしまったことを悔いながらも、春木は少女に強い愛しさを抱いた。

 少女の体温を、腕の中にはっきりと感じる。女らしいまろみを宿した母親の体と違い、細いけれど力に満ちあふれた肢体。まっすぐに突きつけられた、その伸びやかな命。思いのほか存在感のあるその体つき。大人の女性とは違う若々しい体臭が、ほのかに香る。

 この子に対して、嘘はつけない。春木はそう思っている。だが一方で、本当のことを言えない事情も彼にはある。
「ごめんね。でも、ママをお父さんから盗ろうとかじゃないんだ・・・」
「じゃ、どうしてあんな事をしたの? 愛しているから?」

 そう言われても、どこまで見られたのかがわからないと、迂闊に答えられない。かといって、ストレートに聞くこともできない。
「うん、お母さんを好きだよ。とても美しい人だと思っている」
 腰の引けた言葉に嫌気がさすものの、他に言いようもない。

「大人って、みんなあんな事をするの? あんな風に縄で縛って・・・」
 やはり、行為のすべてを見られていた。望美は頬を染め、くっきりとした二重まぶたの瞳で、こちらをまっすぐに見上げてくる。
「いや、決してそんな事は・・・ないと思うけど・・・」

 すべてを知られてしまった以上、この子に勉強を教え続けることはできない。春木はそう覚悟した。彼女の心に、強いトラウマを植えつけたのではないかと、それだけが心配だ。
「何にしろ、もうお母さんには会わないよ。すまなかった」

 春木は体を引き離そうとするが、望美は強く抱きついてくる。
「君が心配することは、何もない。これは大人同士の問題だから」
 早く会話を打ち切らなければという焦りが、つい言葉に表れる。逆に、望美は腕に力を込める。邪険に引き剥がすわけにもいかない。

「だけど、不倫はいけない事なんだよ。先生もわかってるんでしょ?」
「そうだね。ホントにそうだ。でもね、どうしても抑えられない気持ちってのもある。大人になったら、君にもわかると思うよ」
 内心の動揺を悟られないようにしつつ、そう答えるしかない。

「ママを、そんなに好きなんだ・・・。じゃあ、私のことは?」
 無邪気にまっすぐに、望美はその問いを口にする。
「それは・・・好きだよ。とても素敵な女の子だと思ってるさ」
「だったら・・・だったら、私を同じように愛してくれる?」

 少女が口にする「愛」という表現の、なんと奇妙な重さ。
「それは、できないよ。だって、君はまだ子どもだから」
 自分の母親が縄で縛られ、淫語で卑猥なおねだりをする姿。この娘は、それを目の当たりにしてしまっている。

「私は、もう大人よ。ママと同じに、生理だってある。だから・・・先生に、愛して欲しいの・・・ママにしたように」
 どれだけ責められても、嫌われても仕方ない。いや、むしろそうなるのが自然なのに、望美は却って想いを募らせているようだ。

「そんなこと出来ない。季節で例えれば、春には春の、夏には夏の愛し方、愛され方があるんだ。君はまだ異性と、なんというか・・・その種のつき合い方をするには早すぎる」
 説教ができる立場ではないとわかっているが、中学二年生の少女を裸にして縄掛けし、羞恥調教をするわけにもいかない。

「私がヴァージンだから、ダメってこと? 私は、そんなもの何とも思ってない。今すぐ、先生に・・・私をもらって欲しいの」
 春木の背中に回していた腕をほどいて、望美が一歩下がった。そして、おもむろにTシャツを脱ごうとする。真白いブラが覗いた。

「望美ちゃん、バカなことはやめるんだ。ね、落ち着いて」
 今度は春木が、望美の腕を掴んで胸元に抱き寄せる。父親は海外に出張中だと聞いているが、由布子は階下のリビングにいる。こんな姿を見られたら、何もかもぶち壊しになりかねない。

「だから、そういう意味じゃなくて、望美ちゃんには、いつか本当に好きになる相手と、結ばれて欲しいんだ。ぼくには、その資格がない」
 逃げ口上に聞こえるのは、わかっている。だが、他に言いようがない。由布子はともかくとして、娘を絶対に抱くわけにはいかない。

「資格って何? ママを好きだから、娘の私を愛せないってこと?」
「正直なところ、それもあるさ。そして、君に対して先生は責任を取れない。それをわかっていて、関係を持ってはいけないんだ」
 のどまで捲くれたTシャツを、春木は片手で下に降ろした。




「じゃあ、ママには責任が取れるの? パパの奥さんなのに」
「いや、お母さんに対しても取れないよ。だから、彼女を愛したのは、してはならない間違いだったと思ってる」
 感情をぶつけてくる望美に、努めて冷静に答えようとする春木。

「私は、誰のものでもないわ。どうして、私じゃダメなの?」
「年の離れた男性への関心を、好きという感情と錯覚しているだけじゃないのかな。つき合うというには、ぼくは君の事をよく知らないし、君もぼくを知らないだろう?」

 まだ14歳。思いつめたら一途で、物怖じしない。春木の目には、子ども子どもしているように見えるが、本人は一生懸命に違いない。
「うん、まだ知らない。だけど、こんなに好きになったのは初めて」
 春木を見上げる少女の気丈な瞳が、涙で潤み始めている。

「嬉しいよ。でも、君とは年が違いすぎるしね・・・」
「先生はママとだって、同じくらい離れている筈よ。そんなの理由にならない。つまり、私に魅力がないってことなのね」
 ドラマででも、覚えたのだろうか。とても大人びた言葉遣いをする。

「いや、とっても可愛いと思うよ。でもね、それと愛しているという感情は別なんだ。ありがとう。そして、ごめん」
 望美は頭のいい子だ。適当な嘘で丸め込めるとは思えない。春木は、事情が許す限り、誠実な受け答えをしようとした。

 その時、ドアが軽くノックされた。二人は素早く顔を見合わせて、机の側の椅子に腰を下ろし、服装の乱れをあわてて直す。
 お盆を持った由布子が、普段と変わらぬ様子で入って来た。
「いつもありがとうございます、先生。紅茶とケーキを置くから、望美、机の上をちょっと片付けてくれない?」

 娘がこんな気持ちでいるなんて、疑ったこともないのだろう。おっとりとしたその声。望美は悔しさと悲しさの入り混じった視線を、母親の横顔にじっと当てていた。




 高速道路から降りて、最初の交差点の信号が赤。春木はハンドルの振動を手のひらに感じながら、苦い思いを噛みしめていた。
「家であれをしたのは、やっぱりまずかったか・・・」
 危険は承知の上だった。だが、どうしても必要だと感じたのだ。

 望美から、由布子との濡れ場を見たと告げられ、身代わりに自分を抱いてくれと迫られたのが昨夜のこと。心が揺れなかったと言えば、嘘になる。
 母親とのことさえなければ、その想いに応えたいと思ったかも知れない。望美は知的でおしゃまな美少女だし、実は春木自身、特に年上が趣味だということでもない。

 いま仮住まいしている街から、高速を使えば約1時間で都心近くに出て来れる。午後10時を少し回ったところだ。春木は、車をあるテナントビルの地下駐車場に停めた。エレベータを降りた彼が開けたガラスのドアには、「山村探偵事務所」とあった。

「おお、待ってたぞ。どうしたんだ?」
 部屋の隅にあるソファで、ひとりの男が手を上げた。スタッフは帰社したのか、事務所に並んだ机には誰もいない。一番奥の席には、所長の山村が座って電話をしている。五十代後半で、もうかなり髪の毛が薄い。春木は、そちらに向かって軽く会釈した。

「ええ、ちょっとした問題が起きまして」
「話を聞こう。所長、応接室を使います。誰も入れないで下さいね」
 ソファに座っていた男が、電話中の山村に一声かけてから、奥の部屋へと向かった。四十歳くらいだろうか、年齢の割に贅肉のない体つきで、身長もかなり高い。春木も、その後ろに従う。

 部屋に入り、中央の黒皮製のソファに向かい合って腰を下ろした。
「お疲れさん。で、何があったんだ?」
「はい。実はターゲットの娘に、自宅での情事を見られました」
 緊張した面持ちで、春木は事の経緯を詳細に説明し始めた。

 報告を受けている側の男は大森といい、春木の直属の上司にあたる。仕立ての良いスーツを着た姿は紳士然としているが、夜の室内だというのに濃い色のサングラスを掛けている。
 彼がそれを外したところを、春木は一度も見たことがない。いや、他の同僚にも見た者はいないという噂だ。

 本人によれば、網膜色素変性症という病気で、強い光が目に悪いのだという。お客様と打ち合わせをする時にさえ、非礼を詫びた上でそのままでいる。
 ただ、そうしたマイナス要素を補って余りある有能さで、行き詰まった事態を打開してくれるので、部下からは頼りにされていた。

「そうか。現場を見られた上に、娘に抱いてくれと言われたか」
 ひと通り話し終えると、大森が厳しい声で指摘してきた。
「常に、相手の女性のため。それを第一に考えて行動するのはいいが、危険を予測できないようでは、プロの仕事じゃないぞ」

「すみません。反省してます」
 春木は深々と礼をし、そのままの姿勢でうなだれた。自分の読みの甘さが悔しくて仕方がない。大森は、その姿を見つめたまま、腕組みをして何かを考えている様子だ。

 やや面長の輪郭に、高い鼻梁と薄い唇。眉まで隠れる角ばったデザインのサングラスのためか、どこか日本人離れして見える。
「起きた事は仕方ないが、クライアントにどう報告したもんかな」
 大森のその言葉から、春木はこの仕事の依頼主が、初めて事務所に来た時の様子を思い出した。




「スタッフの春木です。こちらは、クライアントの麻生さん」
 四ヶ月前、場所はここ。隣に立った春木を、大森がそう紹介した。
「本件を担当させていただます春木です。よろしくお願いします」
「麻生です。そうか、あなたにお願いすることになるのか・・・」

 麻生宏之は、五十代なかば。がっしりした大柄な体格で、高級そうな濃紺のスーツを着ていた。メタルフレームのメガネの奥から春木を見つめる視線に、不安げな光が宿っている。
「こんな若い者で大丈夫かと思われるかも知れませんが、しっかり経験は積んでいます。十分にお役に立てる筈です」

 ソファに腰を下ろした大森は、まずサングラスを掛けたままという非礼を詫び、事情を簡単に説明してから、本題に入った。
「お宅の場合は、お子さんの家庭教師という形が一番自然ですね。先生という立場なら、奥様から相談も受けやすいですし」

 春木は学生時代、家庭教師のバイトをずっと続けていた。そして、この事務所でも、何度かそういう形でクライアントの家庭に入り、人妻に近づき『仕事』をした経験がある。
「中学生の娘に、感づかれるということは、ないでしょうか?」
 麻生の声には、父親としての心配が色濃くにじんでいる。

「私どもの過去の実績からして、お嬢様のお歳ではあり得ません。それに、いざとなればこの男だけが悪者になればいいこと。ご主人の依頼だとは、誰にも気づかれません。それはお約束できます」
「いや、私の事はともかく、妻が娘からどう思われるか・・・」

 男である自分と、家庭人としての自分。麻生宏之の情動は、その二つの間で、激しく揺れ動いているように見えた。
「無論、絶対にないとは言えないでしょう。多少の危険は、受け容れていただかないと。ただ、過去にその種の事例はありません」

 しばしの沈黙。それまでテーブルの上の一点を見つめていた宏之は、視線をあげて春木の顔を正面から見据えた。
「そうですね。仕事でも同じだ。リスクを恐れては何もできない」
 その横顔に、大手企業の重役らしい冷徹さが戻ってきた。




 ここ山村探偵事務所は、規模的には中くらい。都内に多数ある同業者と同じように、通常の身元調査や浮気調査、家出人の捜索、企業の信用情報調査等を手がけている。その種の探偵業務の要員は6名。所長の山村が統括していた。

 表向きは、この業務だけを受けていることになっているが、実はもうひとつ、独自のサービスも提供していた。それは、「夫婦の性的なミスマッチ解消の手助けをする」というものだ。
 夫の望む妻、妻の望む夫、そのギャップの最も深刻なものが、性に関する意識・嗜好・行動の食い違いだとされている。

 性に対して奔放な妻に対して、堅物の夫。逆に、浮気が男の甲斐性だと言わんばかりの旦那に、保守的な性意識の女房。
 セックス以外の面では相性が良くても、性的な嗜好の食い違いが強いストレスになっている夫婦は、実は思いのほか多い。その大半は離婚してゆくのだが、何とかできないかと考えるカップルもいる。

 依頼者の大半は男性だ。しかし、中には女性もいる。夫が浮気性で困るという女性の依頼に対して、美人局を演じてみせ、きついお灸を据える。もちろん偽装だが、夫にはその事を知らせない。
 他方、女性側のセックスアピールを高める手伝いもする。具体的には、どうすれば男が悦ぶかを、実技交じりで教えるケースもある。

 商売として成り立つのか、いぶかしく思う人もいるだろう。だが、裏稼業ではあるものの、需要は確実に存在する。
 政治家、病院の院長、会社経営者など、社会的ステイタスを得たという自覚のある人たちは、離婚はしたがらない。そして、秘密と体面が保てるなら、問題解決の費用や手段を問わないところがある。

 問われるのは、むしろ解決能力の優劣だ。ターゲットに近づき、信頼を得なくてはならない。そして、相手の反応を見ながら、依頼主の要望に添った働きかけをして、その心を少しずつ矯めてゆく訳だ。
 もちろん、本人が望まない形には変えられない。できるのは、かたくなな思い込みや、絡んだ感情の糸を解きほぐす事だけだ。

 社外の要員を含め、十名以上がこのサービスに関係しているらしいが、春木が顔を知っているのは、その中の数名だけ。また、大森のグループの活動は、他の社員には知らされていない。広告宣伝もせず、依頼はそのすべてが紹介によるものだと聞いている。




「私たちは見合い結婚でした。私はその場で由布子が気に入り、彼女も結婚を承諾してくれました」
 年齢からしても、こういう内容を口にする事に慣れていないのだろう。麻生宏之は、決まり悪げな表情で話しを始めた。

「夫の私が言うのもなんですが、家内は美人で奥ゆかしく、伴侶として理想的だと感じました。また、家事能力も高く、娘が生まれてからは、母親としての役目も、しっかりとしてくれています」
 淡々とした口調だ。視点は、テーブルの上に落としたまま。

「容姿も性格も上品で、心根も優しい。近所やPTAでの評判も、とてもいいようです。ただ、結婚してしばらくすると、妻の中に硬い芯のようなものを感じたんです。妻とはこうあるべきだという意識というか、強迫観念のような」
 例えばどんなことが、と大森が水を向ける。

「妻は常に私よりも後から寝て、先に起きます。そして、私が目を覚ます頃には、化粧をして身支度を整えている。そうした日常の事もですが、それ以上に夜の方が問題でして ──」
 恥の意識が強く働くのか、そう言って口を閉ざしてしまう。

「外部には決して漏らしませんので、安心してお話ください」
 気まずさを振り払おうと、大森が落ち着いた声でそう促す。
「そうですな。お願いするのに、一部分だけ隠し立てしても仕方がない。妻とのセックスは、まあ普通と言えば普通なんですが・・・」

 麻生の話を要約すると、およそこうだ。夫婦の営みは月に1度。妻は、闇の中でしか体を開かない。豆電球もNG。娘がいるというのもあるだろうが、寝室以外での性行為は、断固として拒否される。
 営みの最中の妻は終始無言で、あえぎ声をもらすまいと必死にこらえている。フェラチオも、あっさりとしたものでしかない。

 性格や育てられ方の違いを考えると、一概に何が普通であり、何が正常であるとは言えない。だが、そこまで裸身や乱れた姿を見せまいと気をつけるのは、一回り下だという妻の年齢を考えると、確かに少し異常な気もする。
「失礼ですが、奥様はあなたを愛していらっしゃるんでしょうか?」

 ひやりとするような質問を、大森が投げかけた。だが、麻生は予想していたのか、穏やかに答える。
「それは間違いないと思います。妻は私を信頼してくれていますし、私との肉体関係を疎ましく感じているのでもない筈です」

 麻生の口調には、妻子を養っている者としての自信が感じられる。
「妻の実家は、とても厳格な家です。娘時代から、嫁として妻としていかに貞淑であるべきかを、繰り返し刷り込まれて来たので、素直に振舞えないのだろうとのことでした」

「それは、どなたがおっしゃったのですか?」
「妻が娘を出産した産婦人科の、院長先生です。実はその先生からのご紹介なんですよ、こちらに伺ったのは」
 麻生は、このサービスに申し込むに至った経緯を話し始めた。




 宏之自身は、もっと奔放な性のありようを、妻との間に望んでいた。長い間、妻が望むセックスとの食い違いに悩んだ彼は、思い切って両方の実家と親交のあった産婦人科医に相談した。相手が70歳を越える老齢だったので、安心して話せたのもあった。

 医者は、そちらの方面は専門外だから、はっきりした事はいえないがと前置きした上で、妻の心の枷を外すためには、かなりの荒療治が必要だろうとアドバイスした。
「夫への過度の貞操が、夫婦間の性の溝を生んでいるとするならば、宏之君が努力しても解決にはならん。むしろ、事態を悪くする」

 その医師の言葉によれば、世間的には全く知られていないが、そうしたトラブルを解決する専門家たちがいる。
 医者に掛かって、治療を受けるといったやり方ではない。本人もそれと気づかないうちに、性的な精神の歪みを治してくれる。ただし、そのためには女は恋をし、他の男と交わらなくてはならない。

 馬鹿な。愛する由布子を他の男に抱かせるなど、できる筈がない。最初はそう感じた宏之だったが、信用できる秘密がしっかりと保たれる事や、その療法で救われたという、何組もの夫婦の実例を知るにつけ、少しずつ心が動いてゆくのが自分でもわかった。

 よがっている妻の顔が見たい。もっと素直に、快感に身を任せてくれ。咽の奥まで、俺のペニスを呑み込んでくれ ── ストレートに要求するには、宏之自身の恥の意識やプライドが邪魔をした。
 暴力で無理やり服従させることも、あるいは出来たかも知れない。しかし、同時にそれは、妻の精神を壊してしまう危険も含んでいた。

 だが、と宏之は考える。妻を愛しているのは事実だが、他人の手にこの問題の解決を委ねようと決めたのは、そうした綺麗な理由だけだったろうか。
 愛する妻が、自分以外の男に抱かれ、絶頂へと押し上げられる。その様子を想像して、倒錯的な興奮を覚えたのではなかったか?

 そう。淫靡な動機も間違いなくある。結婚以来、乱れた姿を一度も見せたことのない妻が、どんなイキ顔を晒すのか。それを初めて目にするのが自分でないのは残念だが、効果が謳い文句どおりであるならば、その後は妻を思い通りのやり方で存分に愛せる。
 しかも、他の男に抱かれたという事実が、更なる刺激を生むのだ。

 浮気の経験は何度かある。だが、妻を自分の意思で他人に抱かせようとするのは、その何十倍もの刺激をもたらすものらしい。
 自分以外の男の手で開発され、性に対して解放された妻をじっくりと嬲る。その刺激的な光景をイメージして、宏之の下半身は、歳に似合わぬほど硬くなってしまっていた。




「原因追究は、私どもの役目ではありません。なので、その先生の見立てが正しいとして、麻生さんは奥様にどうなって欲しいと?」
 連絡をして来るまでのいきさつと、夫婦のセックスの様子を話し終えた依頼主に対して、大森は改めてそう問いかける。

「それを口にするのは、今までお話した事以上に恥ずかしいですが」
 麻生は、いかにも決まり悪そうに苦笑する。
「セックスの悦びに対して、素直になって欲しいですね。交わる時は夫婦である事を忘れて、ただの男と女でありたい」

「もう少し、具体的にお願いできますか?」
「具体的に、ですか。うーん、求めたら、昼間でも応じてくれること。娘に気を遣うのは親として当然なんですが、状況が許せば寝室以外の場所でも、やってみたいですな」

 声を落とし気味にして、麻生は真剣な表情で続ける。
「正直に言うなら、いささか変態的ではありますが、私は妻を縛って犯してみたいんです。見合いの席で初めて会ってから、ずっと夢見ていたような気もします。しかし、体面を気にして言い出せなかった。要求してみたところで、拒絶されただけだったでしょうが」

「なるほど。よくわかりました。しかし、奥様ご自身に全くその気がなければ、どうにもなりませんが、その辺りは?」
「私とのセックスでも、妻は感じてはいるようなのです。だけど、それを表に出すまいと、必死でこらえている」

 希望的観測かも知れない。春木はそう思う。人はしばしば、こうあって欲しいと願う余り、現実にその思いを投影してしまう。
「奥様は、小説や映画は、どんなものがお好きでなんでしょう?」
 春木からの唐突な質問に、麻生が怪訝そうな視線を向ける。

「アクションものや喜劇が好きなのか、それとも感動できる作品、泣ける物語を好まれるか。そういったことです」
「小説や少女マンガが好きで、悲しい話でよく泣いたと言ったな。今でも、好んで観る映画は、純愛悲恋ものとかが多いようだし」

 なるほど。春木は、軽くうなずいた。
「それと、もう一つ。大変失礼な質問ですが、奥様は結婚前に、何人くらいの男性とおつき合いされていたと思われますか?」
「何人かはいただろうけど、妻は間違いなく処女だった筈だ」

 初対面の男に、そこまで話さなくてはならないのかと、麻生は憮然とした様子。だが、聞いておかなくては作戦の立てようがない。
「では、結婚後はどうでしょう?」
「妻の不倫ということかね? それは、ありえないと思うね」

 言下に否定されてしまった。だが、実態はどうだろう。接触してみて、自分で確かめるしかないな。春木は、頭を下げた。
「すみません。こうした取材も仕事のうちですから」
 依頼主の神経を、必要以上に刺激してはならない。

 世間知らずの箱入り娘が、男性経験もないまま家庭に入った。やや夢見がちで、物語のヒロインに自己投影する傾向があり、情が深く涙もろそうだ。
 既に子どもがいるということは、母性的な性質が開花していると考えられる。春木の頭の中で、アプローチの方法が出来上がってゆく。

 死んだ母に似ているという線はどうだ? いかにもベタだけど、男を意識させない近づき方なのがいい。純愛を前面に出して、哀れみを感じさせるように仕向ける。
 これは、旦那に対する裏切りではない。そう強調して、性的に解放されるのが夫婦にとっての幸せだと説得すれば・・・。結局は、その女性が内に秘めた、恋愛願望の強さ次第ではあるが。

 春木が考え込んでいるうちに、大森は受託条件などを詰めてゆく。
「では、最後に一つだけ確認ですが、奥様の春木との不倫の事実が、あなたに対してバレてしまう結末になさりたいですか? それとも最後まで知らずに済ませる方向で?」
 視線を手元のメモから麻生の顔に移して、大森がそう尋ねた。

「どういうことです? ちょっと意味がわからないが」
「お客様の中には、不倫の証拠を手にすることで、奥様を完全に支配したい、そういう要望をお持ちの方もいらっしゃいます。離婚訴訟などを視野に入れたケースでも、こうしたご要望はありますね。不要でしたら、単に春木が姿を消す形で終わらせます」

「知らずに済ませるつもりだが、後から変えることはできますか?」
 少し考えてから、麻生がそう答えた。
「もちろん可能です。ただ、終盤で変えると不自然になってしまう場合もありますから、できれば早めにお決めください」

 では、という形で麻生と大森がソファから腰を浮かせる。それに合わせて春木も立ち上がり、深く礼をした。
「お時間、ありがとうございました。では、来週、お宅に伺います」
「春木君、でしたね。くれぐれも妻のことを、よろしくお願いしますよ」
 麻生の視線の中には、つがいの牡としての、無意識の威嚇と嫉妬が込められているように見えた。




 初めて唇を奪い、着衣で抱きしめた後も、由布子は簡単には心を開いてはくれなかった。夫以外の男性に抱かれるのは、既婚女性にとっては強い抵抗があって当然だ。
 その気持ちを受け容れた上で、少しずつ信頼を確かなものにしながら、相手にとっての本当の望みに気づかせてゆく。地道なアプローチの結果、女は心と肉体の両方を開いていった。

 この仕事をする上で、春木が持つ強み。それは、相手を心から愛せることだ。俳優が役づくりするのと、少し似ているかもしれない。
 ターゲットになるのは、必ずしも美しい人妻や、気立てのよい既婚女性ばかりではない。そうした相手に対しても、うわべだけの優しさではない、相手の悦びを考えた接し方をする。

 ましてや由布子は、清楚で貞淑な美人。容姿だけでなく、精神的にも魅力的な女性だ。春木自身、責めにも愛撫にも力が入ったし、彼女とのまぐわいから、仕事を超えた深い満足を覚えた。
 しかし、由布子が性のくびきから自由になれたのは、罪悪感からの開放を、彼女自身が意識の奥深くで望んでいたからこそだ。

 股間にではなく、心のひだに食い込んだ貞操帯。
 淫らな言葉を口にしてはならない、女性の側から求めてはならない、はしたない姿を見せてはならない ── 幾重にも掛けられた、見えない錠を外してゆく過程。その最後のステップが、彼女自身が望んだ、リビングでの緊縛セックスだった。

 しかし、あろうことか、その姿を望美に目撃されてしまった。サングラスの奥で、大森が苦渋の表情を浮かべているのがわかる。
 子どもから何となく怪しまれたり、危ういところでニアミスで済んだというケースは、過去に春木自身も経験があるが、言い訳できない形で、調教の現場をモロに見られた事はない。

「本当に、申し訳ありません」
 謝罪が何の解決にもならないと知りながら、春木としては詫びるしかない。その時、胸ポケットに入れていた携帯電話が鳴った。大森の様子を視界の端で窺いながら、受話器を耳に当てる。

「淳也さん、今どこにいるの? 望美と一緒じゃないの?」
 由布子だった。声が上ずり、息を切らしている。
「いや、ぼくは知らないけど。望美ちゃんが、どうかした?」
 嫌な予感が、のど元からセリ上がってくる。望美は、自分が見たことを、ストレートに母親に告げてしまったのだろうか。

「いないのよ、どこにも。こんな時間になるのに」
 応接室の壁の時計を見上げる。もう午後11時に近い。中学生、それも女の子が、ひとりで出歩くような時間帯ではない。
「望美ちゃんの携帯電話には ── ああ、そうか、持ってないのか」

 中学の間はダメだと、父親から言われてるんだとぼやいていた。
「友達の家には、もう電話してみた?」
「十時前に、あの子の友達のところには一通り連絡してみたの。でも、テニス部の友達も、練習が終わった後は知らないって」

 話の様子から、セックスの現場を覗き見られた事は伝わっていないようだ。ほっとしつつも、春木は考えを巡らせた。
 彼女が想いをぶつけて来たのは、つい昨日のこと。やはり、その時の自分の対応がショックだったのだろう。家出したのか? まさか自殺なんてことは ── 想像が、つい深刻な方向に行きたがる。

「昨日の夜、あなたが帰ってから、どこか怒っている様子で口数も少なくて。ねえ、望美はあなたに何か言ってなかった?」
「いや、別に何も。いつも通りだったよ」
 本当の事は、まだ言わないほうがいい。春木はそう判断した。

「ご主人は、出張中だったっけ。家には、あなたひとり?」
「そう、来週までアメリカ。どうしよう、望美になにかあったら。ひょっとして、あの子は気づいてたんじゃないかしら、私たちのこと・・・」
 由布子が弱々しくつぶやく。そのか細い声に、罪悪感がにじむ。

「すぐそっちへ行く。ただ、いま都内だから1時間はかかるけど、とにかく落ち着いて。案外、ふらりと帰ってくるかも知れないんだし」
 慰めを口にしてみたが、まるでイメージできない。望美は、母親と自分への抗議のために家を出た。そう思えてならない。

 通話を切って振り向くと、大森の苦りきった表情があった。
「ターゲットは、娘に見られたのを知らないんだな。わかった。じゃあ、とにかく今夜中に、娘の行く先の情報を掴んで、明日の朝一番でごまかすなり、黙っているように説得するなりしろ。いいな」

「わかりました。本当にすみません」
 しかし、一体どうやって? おのれの甘さを呪いつつ、うつむき加減にドアに向かおうとする。
「あ、それと、シンに連絡しておくからな。現地で落ち合え」
 チームで仕事をすることもある、同僚の名を告げられた。

「パニックになってるお前よりは、思い入れのない奴の方が、冷静な判断が出来る。それに行方を探すには、手が多い方がいい」
 大森の言う通りだ。望美のことを考えると平静ではいられない。春木は無言でうなづき、事務所を後にした。




 広がる波紋。春木は、果たして望美の行方を掴めるのか? この続きは、「風を待つ渚(4)」でどうぞ。




このストーリーはフィクションです。登場人物・団体等はすべて架空のものです。