官能小説 家庭内盗撮の妄想

官能小説

 

風を待つ渚(5)

― ノーパンの股間に涼風が ―



 望美は徒歩で通っているが、家が少し遠い絵里は自転車通学だ。50メートル近く懸命に駆けて後ろを振り返ると、小林の姿は消えていた。だが、安心はできない。自分の自転車を引っ張り出して来た絵里が、素早くそれにまたがる。

「望美、早く乗って。あの変態、まだその辺りにいるかも」
 絵里の声に、望美は固まってしまう。二人乗りは、いつも普通にしている。校門はすぐそこだ。早く早くと、絵里が促してくる。
 でも、今日はスカートの下に何も着けていない。脚を軽く開くのにも、抵抗がある。望美は、乗らずにすむ言い訳を探した。

 さっきの練習中に、実は足首を痛めてたと言おうか? いや、それはダメだ。全力疾走に近い走り方を、絵里の目の前でしてしまった。急に生理が始まったから、というのは? でも、それが二人乗りをしない理由になるとは、とても思えない。

 更衣室の時点でなら、ちょっとしたエロい笑い話で済んだかも。だけど、ノーパンで校庭を歩き、同級生の男子と話して、おまけに写真まで撮られた。振り向いた拍子に、ふわりと捲くれ上がったスカート。絵里にだけは軽蔑されたくない。誰より大切な親友だから。

「うん、ありがと」
 望美は意を決して、車軸の外側に伸びたボルトに靴を乗せ、体を持ち上げた。そのまま立ち乗りの体勢になり、両手を絵里の肩に置く。
「望美の用事は、どっち方面?」
 ペダルを漕ぎ出した絵里が、大声で訊いて来た。

 覆うもののない股間が、歩く時以上に心細く感じられる。
「えっとね、駅の方。絵里、ごめん。ちょっと遠回りさせちゃうかな」
 声の震えを変に思われはしないかと、望美は気が気ではない。
「なんてことないよ。脚力トレーニングに、ちょうどいいしね」

 学校の外に出て、自転車のスピードが徐々に上がってゆく。道端を歩く同じ学校の制服を、何人も抜き去る。望美はスカートの後ろ側が気になる。体を捻って確認しようとするが、思うに任せない。
「望美、危ないよ。上で動かれると、ハンドルを取られちゃう」

 そうだ。転んで路上に投げ出されたりしたら、スカートの中身を完全に見られてしまう。望美は動けない。肩に手を置いたまま、すれ違う人たちの話し声や気配に耳を澄ます。
 ヒュウゥーッ ── 誰かの口笛が聞こえた。私たちに対して? 何をどこまで見られているのが、わからないだけに余計に怖い。

 サドルに跨り、ペダルを漕ぎ続ける絵里。その横を吹き抜けた風が、望美の太ももに当たる。大半は脚の外を吹き去るが、内股に入り込んで来た一陣の風が、生え初めて間もない恥毛を優しく撫で、スカートの後ろの裾をやわらかく持ち上げようとする。

 夏の風はスカートの中を駆け巡り、上着の裾から胸元へと吹き上がってくる。かと思えば、引き締まった尻肉を撫で、つつましく唇を寄せ合った少女の陰部をくすぐる。望美は強い後悔に苛まれながらも、一方で不思議な開放感を感じ始めてもいた。




 さっきまでは、見られることを何より恐れていた筈なのに、望美は体の芯が妖しく疼き始めるのを感じていた。自分の中の見知らぬ女が、ゆるやかに目覚める感覚。母と春木が裸でつながっていたシーンを見たあの時から、何かが変わり始めていたに違いない。

 背中に回された両手を縄で縛られ、両ひざの裏を持ち上げられた由布子の姿。まるで、小さい子におしっこをさせるような体勢で、大きく広げられた母の白い内股。その剥き出しにされた女の部分に、春木の反り返った男性自身が近づいてゆく。

「お願い。ち、チ○ポを・・・おま、オマ○コにぶ、ぶち込んで」
 母の嬌声が、耳の奥で鳴る。淫らなその願いは、なかなか聞き入れてはもらえない。開き始めたキノコのような形の先端部分。その肉塊が、陰毛の中心を焦らすように擦り続ける。

「ねぇっ・・・ちゃんと、おねだりできたでしょ? お、お願い・・・」
 股間の中央を縦に走る、濃いサーモンピンクの亀裂。その隙間をペニスの先端が正確になぞられるに連れ、由布子の女陰は少しずつ、だが確実に口を開けてゆく。

 透明な粘液が、尻の穴まで垂れている。たまらないという表情で、卑猥なおねだりを続ける由布子。その淫靡な腰の蠢きが、男の亀頭をようやく捕まえた。待ちかねたように、母は腰を沈める。
「あっ、あっ・・・ぁぅん。すごいっ・・・すっごくいいっ・・・」

 あの日以来、頭の中でリフレインし続ける切なげな母の声。由布子が上体を捻って唇を求めると、春木がそれに応える。甘やかで、愛に満ちた唾液の交換。股間でひとつにつながったまま、口づけと呼ぶには余りに濃厚な、舌と舌との淫らなもつれ合い。

「もうすぐ駅だけど、どの辺で降ろせばいい?」
 気がつくと、意識が飛んでいた。頭を振って、官能的な音と映像を頭の中から追い出す。ちょうど駅前商店街の入り口だった。
「うん、この辺でいいよ。ホントにありがとね、絵里」

 望美は裾に気をつけながら、自転車から降りた。
「明日は練習、休みだったよね。じゃ、また明後日に」
 絵里が手を振りながら、走り去ってゆく。その後ろ姿が角を曲がって消えるまで見送ってから、望美は商店街の中に向かって歩き出した。




 ノーパンの股間が心細い。望美は、一刻も早くショーツを穿きたかった。プリーツの揺れが気に掛かり、すれ違う人がじっと自分の太ももの辺りを見つめている気がする。
 絵里に訊かれた時は、とっさに駅方面と答えてしまったものの、駅の構内に入るつもりはない。なんと言っても、人が多すぎる。

 改札口の脇にあるトイレは造りが古く、個室の中が少し汚い。駅ビルの上のレストラン街にあるのは綺麗だが、階段やエスカレーターを使うのは、スカートの中を覗かれに行くようなものだ。
 下手をすると、盗撮までされてしまうかも知れない。クラスの友達がそういう被害に遭ったと言っていたのを、望美は思い出した。

 喫茶店でトイレを借りるのも考えた。でも、そのためだけに入ると、客や店員から好奇の目で見られそうだ。それに校則では、入ってはいけないことになっている。万が一に補導でもされて、ノーパンのこの格好で交番に連れて行かれたら最悪だ。
 望美は結局、奈美子へのお土産を買うつもりだった洋菓子店で、トイレを借りることにした。

 母のお気に入りの店だ。小学生の頃は、望美もついて買いに来ていた。おじさんが奥でケーキを作り、おばさんが接客するアットホームな店。味は甘すぎず、それでいて蕩けるような深い味わいがある。久しぶりだったが、おばさんは名前まで覚えていてくれた。

「おや、望美ちゃん、大きくなったわねぇ」
「こんにちは。お久しぶりです」
 望美がぺこんとお辞儀をすると、奥から面長の顔が覗いた。
「え、麻生さんとこの望美ちゃんか? おお、こんにちは」
 前掛けをして、白い帽子をかぶったおじさんだ。

「これはまた、きれいになったねぇ。小さい頃から可愛かったけど」
 おじさんは、懐かしそうに目を細めた。二人とも、かなり年配だ。そう言ってもらえて嬉しい一方で、後ろめたさもこみ上げてくる。幼い頃から、知っている人の前だけに余計に、その気持ちは強い。

 ショーウィンドウを覗き込む。おばさんと相談しながら、ケーキを二つ選ぶ。奈美子には苺タルト、望美は抹茶ムースにした。
「じゃ、それで。あの・・・ト、トイレ、お借りしてもいいですか?」
「いいよ、いいよ。そこを上がってすぐ左。あ、知ってるか。荷物はそこの椅子の上にでも、置いてていいからね」

 外にはまだ明かりが残っている。暇な時間帯なのか、他に客の姿はない。奥に引っ込もうとしていたおじさんが、そう答えた。
「ええ・・・でも、ちょっと・・・」
 望美は、手にしたショルダーバックを決まり悪そうに握り直す。

「バカだね、お父さん。女の子はさ、どこへでもバッグが必要なの」
 おばさんが、助け舟を出してくれた。お辞儀をして個室に入る。
「何でだよ・・・って、あ、そっかそっか。あの日って事ね」
「しっ! なんてデリカシーのない。望美ちゃんに聞こえちゃうよ」

 客商売だからなのか、二人とも声が大きい。しっかり聞こえていた。生理だと思われたのは恥ずかしかったが、勘違いしてくれて助かったのも事実だ。望美がミニスカートの下に何も着けていないと気づかれるのに比べれば、大した事ではない。

 やっと、一人きりになれた。緊張が解けたせいか、急に尿意が強まった気がする。スカートを上げ、様式の便座をまたぐ。
「・・・あっ、ぁあん・・・」
 最初は僅かだった水流が、次第に勢いを増す。小さく声が出た。

 排泄の快感だけではない。ノーパンなのを、誰かに気づかれないだろうか。スカートの中を、覗かれはしないだろうか。特に更衣室で制服に着替えてからは、後悔とともに絶え間ないスリルを感じていた。そのドキドキ感が、一気に解き放たれたのもあるだろう。

 しぶきが途切れ、ヘアに残った最後の雫をトイレットペーパーでぬぐう。望美は、大きく息を吐くと、その下に指を伸ばしてみた。
 左右の陰唇はまだ硬く小さく、互いにぴったりと寄り添っている。いけないとは思いつつ、指がその奥を探った。小さな乙女の泉には、熱く透明な液体が宿っていた。

 脚をM字に拘束され、しきりに挿入をねだっていた母。口を開けた性器から垂れていたのと同じ、女が女である証だ。
 あの時、ドアの陰から見つめていた望美は、女としての本能がそうさせたのか、自分の肉芽に指を当てた。誰に教えられた訳でもなかったが、その気持ち良さは彼女をとりこにした。

 望美はあれから毎晩、淫夢を見て夜中に目が覚めていた。そのたびに春木と裸で抱き合い、母と同じように逞しいペニスで貫かれるシーンを妄想しながら、指でその敏感な部分を慰めてきた。
 どうやれば気持ちよくなるか。それがわかって来るとともに、刺激によって彼女のクリトリスは、確実に開発されてされ始めていた。

 股間の翳りはごく淡い。慎ましやかに生え初めた少女の恥毛は、女のスリットを覆い隠すには、あまりにも儚げだ。
「あふぅ・・・ぁあっ・・・」
 軽く指先を当て、小刻みに振動させる。思わず声が漏れた。

 とがって来た乳首が、ブラの内側に当たるのを感じる。息遣いが、次第に荒くなる。自分がどこにいるか、わかっているつもりだったが、思いのほか、自慰を長く続けていたのかも知れない。
「望美ちゃん、どうしたの? 気分悪いの?」

 ドアのすぐ外で、不意におばさんの声がした。望美は、心臓が止まるかと思った。よその家のトイレで、何て恥知らずなことをしてたのか。慌ててバッグの中からショーツを取り出し、身に着けた。
「はい。なんでもないです。ごめんなさい」

 早鐘のように打つ心臓。望美は、できるだけ普通に話そうとするが、動揺が声にありありと表れてしまう。
「血を見慣れてないと、気分が悪くなったりするよね」
 ドアを開けると、おばさんが心配そうな顔で囁いてきた。

「ええ、あの・・・急に始まっちゃって。私、まだ・・・」
 目を伏せて恥らう様子の望美に、おばさんは優しくうなずいた。
「心配しなくても、すぐに慣れるよ。それに、生理は女として一人前になったって事だからね。ありがたいことなのさ」

 望美に気を遣ってか、おじさんは奥の厨房から出てこなかった。
「じゃ、これね。落とさないように気をつけて」
 差し出されたケーキの箱を手に持ち、望美は店を後にした。おばさん、ごめんなさい。私は、いやらしい上に嘘つきです。




「望美ったら、どうしたの。突然、泊めて欲しいだなんて」
 玄関で出迎えてくれた奈美子が、リビングへのドアを開けてくれながら、興味津々という様子で訊いてくる。
「しかも、絵里のところじゃなくって、ウチにって珍しくない?」

 クラス内では同じグループだが、確かに奈美子とは絵里ほど親しくない。所属クラブが違うというのもあるが、性格の違いもある。
 さっぱりとした性分の絵里に比べて、奈美子は気が弱く、他人に振り回されてしまうようなところがある。そうした姿を見ると、望美はイライラしてしまうのだ。

「私もたまには、奈美子とゆっくり話がしたいから。はい、お土産」
 ソファに腰を下ろし、ケーキの箱をテーブルの上に置く。
「ありがと。お茶、淹れるね。でも、望美が泊まりに来てくれて、助かったな。今夜は私ひとりだから、どうしようかと思っちゃった」

 だったら、自分から声を掛けてくれればいいのに。望美なら、きっとそうする。だが、奈美子が自分から行動を起こす事はまずない。
「お母さんたち、法事だっけ? いつ帰ってくるの?」
「車で出かけたから、明日の夕方頃かな」

 奈美子は、吹奏楽部でクラリネットを吹いている。明日も練習日なので、両親について行かなかったのだという。
「望美は、練習だったんだよね。汗で体、ベトベトしてない? ちょっと早いけど、お風呂の用意してあるから、入っちゃって」

 ケーキを頬張りながら、友達の噂話や部活での出来事、お気に入りの芸能人について話した後で、奈美子がそう勧めてくれた。
「うん、ありがと。悪いけど、お先に入らせてもらうわ」
 望美は、替えの下着と、パジャマ代わりのとショートパンツを手に、脱衣所へと向かった。




 石鹸で体の隅々まで洗い、望美は浴槽に身を沈めた。奈美子の家は、やや古めの二階家で、浴室は1階の中庭に面した側にある。
「私ってば、なんであんな事、しちゃったんだろ・・・」
 望美は、湯船の中でひざを抱えて、ため息をついた。

 自分の中で、何かが変わっていた。だが、それは別人になるという感覚ではない。活発で向こう見ずなところや一途さはそのままに、自分の中の『おんな』が目覚めてゆく感覚だ。
 大人になりたいという背伸びした気持ちとは別に、望美自身の意思に関係なく、体の内側から女になってゆく部分がある。

 その直接の引き金が、あの日の覗き見だったのは間違いない。母親と先生が交わっている姿を見てから、それまで気づくまいとしていた欲求を、明確に意識するようになった。
 私もあんなふうに、自分のすべてをまるごと愛されたい。その想いは日を追って強まってゆき、ついに昨夜、爆発したのだ。

「なんだか、すごく熱いよ。窓を少し開けよっかな・・・」
 お湯の温度も、やや高めのようだ。だが、それ以上にあのシーンの鮮烈な記憶が、体の芯を熱くしている。望美は、曇りガラスの引き違い窓を細めに開けた。外はもう、夕闇が色濃い。

 中庭は、それほど広くはない。手前に小さな池があり、その周囲に庭木や朝顔などが程よく植えられている。背の高い生垣の向こうには、狭い私道がある筈だが、人が行き来するような物音はしない。薄墨色の空から、街の喧騒がかすかに聞こえてくる。

 夏の夕間暮れ ── 庭の中にも外にも、人の気配はない。窓を半分ほど開き、望美はバスタブの淵に腰掛けた。両脚を浸けている湯の熱さと、腰から上の裸の肌に感じる風の心地よさ。
 そのコントラストが、心を伸びやかにしてくれる。ホントは、こんな家出の真似事してみても、何にもならないんだけど・・・。

 どこかで、ベルの音がした。よく聞くと、割に近くからだ。廊下にあった電話が鳴っているらしい。すぐに、奈美子が出た。受け答えをする声が引き戸越しに聞こえる。
「うん・・・そうなの・・・はい。じゃあ、切るね」
 その声をぼんやりと聞きながら、奈美子や絵里には、自分のような悩みがあるんだろうかと考える。

 改めて自分の体を見下ろした。全体的に細い。リビングで見たママの裸に比べると、なんて女としての魅力に乏しいのだろう。
 大人になりさえすれば、あんな風に胸もお尻も大きくなるのだろうか。顔は父親の系統だと言われるし、母のような魅力的な体には一生なれないような気がする。

「ねぇ、湯加減はどう? ちょっと熱かったかな?」
 脱衣所から、電話を終えたらしい奈美子の声がした。
「ううん、大丈夫。ちょうどいいよ。じゃ、そろそろ上がるね」
 望美は窓を閉じると、たっぷりの浴槽に体を深く沈めた。




 夕食は、奈美子の母親が作っておいてくれた、カレーライスだった。自分の家のとは味つけも、入っている具の種類や切り方も違ったが、とても美味しくて、望美は三杯食べた。
 食後にはスイカ。その後で、テレビゲームをした。「どうぶつの森」というタイトルで、奈美子はいつもは家族三人でしていると言う。

「お父さんが意地になっちゃってさ、アイテム集めに必死なの」
 奈美子が笑う。丸顔で少し垂れ目。見るからに人の良さそうな顔つきだ。お父さんは役所勤めで、割に早い時間に帰ってくるらしい。望美は四人目のキャラとして登録してもらい、しばらく遊んだ。

 女の子ふたりだと、クラスのどの男子が素敵だとか、つき合っている相手とは最近どうだとか、その手の話が出るのが普通だ。しかし、望美は意識してそれらを避けた。春木の事を話したくないもあったし、一度会った奈美子の彼の話を聞きたくないのもあった。

 奈美子は太ってはいないが、まろみのある体つきだ。望美とは違い、バストも大きくなり始めている。気にすまいと思っても、ついTシャツの胸の辺りに目が行ってしまう。
 前に会ったことがある例の彼と、美奈子は最後までしたんだろうか。すれば自分も、彼女のような女らしい体つきになるのかなと考えて、望美はひとり顔を赤らめた。

 8時頃に、奈美子のお母さんから電話があった。
「大丈夫だったら・・・ちゃんと、戸締りするよ・・・わかってる」
 友達が遊びに来ていると言うと、あいさつだ何だと煩わしいと思ったのだろう。奈美子は、望美が泊まりに来た事を、電話の向こうの母親には告げなかった。

 テレビを見たり、奈美子が出してきた洋服を着てみたりしているうちに、夜が更けてゆく。母から電話があったのは10時過ぎだ。
「はい、もしもし・・・あ、こんばんは」
 電話に出た奈美子が、家からだよと目配せをしてくる。

 慌てて手を胸の前で交差させてバツの字を作り、「いない」と口パクする。受話器に手でふたをしていた奈美子が、えっという顔をした。望美は素早くその側に近づくと、早口で囁く。
「来てないってことにして。ちょっと訳ありなんだ、お願い」

 そうして欲しいと、早めに言っておけば良かったのだが、なんとなく言いにくい気がしたのだ。奈美子は、わかったというように頷いて、
「ええ、望美は来ていません。はい、お母さんは法事で・・・そうです。今夜は、私ひとりです。はい・・・はい、ありがとうございます」

 受話器を置いた奈美子が、心配そうな顔で振り向いた。
「ねぇ。もしかして、今夜ここに来たのって家出だったりする?」
「いや、そんな大げさなものじゃないの。先に言っとかなくてごめんね。でさ・・・事情を訊かずにいてくれると、嬉しいんだけど」

 奈美子は、困ったもんだというように優しく笑った。
「それはいいけど、真面目な望美が意外だなぁ、家出なんて」
「自分でも驚いてる。話せる時が来たら、奈美子にはきっと話すから」
 そんな時が来るとは、今はとても思えないけど。




 その後も他愛のない話は続いたが、望美は眠気を感じ始めていた。家からの電話をやりすごして、安心したのもあるだろう。
「もっと話してたいけど、明日は午前中からパート練習あるし、そろそろフトン敷いちゃっていい?」

 奈美子の言葉に、望美もとろんとした目でうなずく。
「うん、私も。今日は、いつも以上に疲れちゃったから」
 二階の奈美子の部屋は狭く、二人では窮屈だということで、一階の奥の和室に布団を並べて敷くことになった。

「冷房は、タイマーにしとくね。このタオルケット使って」
「サンキュ。うわぁ、いい匂いするね、これ」
 シーツは洗いたてで真っ白。どちらも仄かに花の香りがする。
「望美のそのタンクトップ、涼しそうでいいなぁ」
「お風呂の熱が残ってるのかな、これでちょうどいい感じ」

 二人で戸締りを調べて、歯を磨いた。横になって電気を消すと、しんとした静寂が部屋に満ちる。ああ、これでやっと寝れる。
「じゃ、おやすみなさい」
 奈美子がそう言った時には、望美はもう眠りに落ちていた。




 行く先を母に告げず、外泊した望美。春木は、果たして彼女の行方を掴めるのか? この続きは、「風を待つ渚(6)」でどうぞ。




このストーリーはフィクションです。登場人物・団体等はすべて架空のものです。